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2015/09/26 名城 丸亀城
名城 丸亀城 私の長年の趣味が“サイクリング”で、近年の趣味が“お城めぐり”です。
シルバーウィーク中、各地の行楽地は大いに賑いました。しかし人ごみの苦手な私は、
連休明けの24日に、クルマに愛車(自転車)を積んで、香川県丸亀市に鎮座する丸
亀城に出かけました。
名城、丸亀城の天守閣は、思いのほか小ぶりでしたが、丸亀城の見どころは、なんと
言ってもそびえ立つ高石垣。これだけの石材をどっから持ってきたのかと思うほどに、
高く高く築かれた石垣はまさに圧巻でした。大阪城の石垣よりも高い石垣を築き上げ
たのは地元の石工「羽坂重三郎」。史実でないらしいが、この立派な丸亀城が完成し
た後、当時のお殿さま(山崎家治)が、彼のあまりに高いの築城知識が敵への寝返り
で流出することを恐れ、暗殺されてしまった、という逸話まである。

『しかし、この石垣どうやって積み上げたのか?』
高名な学者さんが書いた築城作業に関する文献はいくつか読んだことがあります。と
ころがどの文献もレベル(高低差測量、傾斜角等)をどう出したのか書かれていない。
あの美しい扇の勾配は、単に勘で積み上げる工法では絶対できない。また、築城に関
して正確に人夫計算された文献を未だ見ていない。石を山から切り出して石垣用に形
を整える工法は文献で紹介されているものの、丸亀城の天守閣をめぐるこれほどの高
石垣をチェーンソー、クレーン、ユンボ等のない時代に、数年程度で築き上げた事実
は、どーしても摩訶不思議。

私の中では謎だらけのお城。今回の丸亀城も心地よい摩訶不思議感を与てくれました。

ま、江戸の人々がどのように丸亀城を築きあげたのかはさて置いて、せっかく別名う
どん県の香川県に訪れましたので、打ちたてうどんも堪能してきました。
2015/09/12 土地家屋調査士試験
土地家屋調査士試験 年に1回、土地家屋調査士の国家試験があります。
左のグラフは、とある国家試験専門学校のHP内のものです。

グラフを見ると平成20年に6074人だった受験者数は昨年4617人にまで減
少しています。土地家屋調査士の一人として、実に悲しい。
私が土地家屋調査士試験を受験したのは昭和58年、59年、60年です。3回も
受験した理由は3回目にやっと合格したからです。ただ、今とは受験者数が全く違
う。合格した60年はいわゆるバブル期ですが、受験者は2万人を超えていました。
なんと今の4倍以上も受験者がいたのです。合格率も全く違う。相和60年の合格
率は3.5パーセント。同年の司法書士の国家試験の合格率は2.7パーセントだっ
たので、難易度としてはあんまり変わらなかった。

なぜ、こんなにも受験者数が減少し続けているのでしょう。
理由のひとつは、測量を伴う仕事なので測量機器や図面作成のCAD機器とソフト
などが高価なため、初期投資が思いのほか負担ということがあるのでしょう。実際、
私も平成4年の開業時は入ってくる仕事が少ないのに測量機器等のリース代を捻出
するのに苦労をしました。

近年測量機器等は精密化するとともに高額化しています。もしも脱サラを目指とし
た場合、土地家屋調査士よりも他の資格業を選ぶ人が多くなり、結果受験者数が減
少しているのでしょう。
しかし、長年土地家屋調査士をしている私に言わせていただくと、この土地家屋調
査士という職業、実に興味深い仕事です。土地と土地の境界というものには、それ
ぞれの土地所有者の、深き思い、愛着、執着、時には執念や怨念が潜んでいます。
境界立会いの場では、それらが一機に湧き出し、錯綜する。

境界立会いを日常業務で何度も何度も経験するなかで、その執念や怨念を何度も何
度も垣間見ました。他の職業では、なかなか体験できない、それが土地家屋調査士
業です。それゆえに土地境界の問題について解決に導けたとき、依頼者からいただ
く感謝の想いには、ひとしおのものがあります。

もっともっと世の多くの人に土地家屋調査士を目指していただきたい。切にそう願
っています。
2015/08/30 尖閣列島 つづき
尖閣列島 つづき 尖閣列島 つづき

尖閣列島は昭和7年までは官有地だったのですが、明治35年12月に公図が作成
されています。沖縄本島から尖閣諸島までの距離は300キロ以上もあります。
公図作成当時、帆掛け舟で行ったのか、ろ漕ぎ船でいったのか。まぁ行くのは行け
るでしょう。しかし東西約5キロメートル、南北約2キロメートルのこの島と他の
尖閣列島の島々の形状をどのような測量機器を使用して測量したのでしょうか。お
そらく何日も現地で露営しながらの過酷な作業だったことは間違いないでしょう。

添付図は、国土地理院が発行している図と明治35年作成旧公図を同縮尺にして対
比させたものです。旧公図は一枚に島全体が描かれているのですが、分割してコピ
ーされているので、貼り合わせ図になってしまい見辛くなっています。
公図と言えば山林などの、まったく精度の伴わないだんご図と呼ばれるような公図
も存在しますが、この魚釣島の公図はかなり精密に作製されているように思います。

そのことを授業でも話したのですが、測量作業知らない学生にとっては地図精度の
話はよりも、この島の借地代のほうが興味深々でした。
2015/08/30 尖閣列島
尖閣列島 土地家屋調査士は必ず開業する事務所所在地の「土地家屋調査士会」に属さなければ
なりません。私、吉田は「大阪土地家屋調査士会」に所属しています。
大阪会では、10年以上前から、大阪府下のいくつかの私立大学に、講師を派遣して
法学部の学生に、不動産登記法、土地境界、境界確定訴訟、などの授業を実施してい
ます。私も平成18年から25年まで、東大阪にあるマンモス大学に授業に行ってま
した。

難しい話ばかりの授業も味気ないので、毎回授業の途中でよもやま話を入れました。
添付は平成24年の授業で配布した資料で、沖縄県の尖閣列島のうち一番面積の大き
い島「魚釣島」の土地台帳です。24年頃といえば、東京都が尖閣列島を買い取る動
きを見せ、結局は国が買収したことによって、中国国内では大々的な反日デモ花盛り
の頃でした。

土地台帳とは、もともと税務署保管の書面で、実質的には昭和30年代に役目を終え
ており、現在は法務局で閉鎖資料として保管されているものです。既に古文書ともい
える書面ですが、学生にとって、こういう書面はインパクトがあるようで、正しく目
を皿のようにして眺めてました。
授業では、「現在の登記情報」として学生に左下の横書き書面を提示しましたが、こ
の時点では、まだ国有になっておらす個人名です。(秘匿処理しています)

①石垣市字登野城魚釣島
これが、正式な所在名。

②2392番
これが、尖閣列島最大の「魚釣島」の地番です。

③367町2反3畝10坪
これは島の面積です。㎡換算は3641983㎡

④所有者欄
魚釣島は官有地だったものが昭和7年に那覇市在住の古賀さんと人に払い下げられま
した。途中の所有者遍歴は別の登記情報を集めないとわかりませんが、昭和53年に
埼玉県大宮市在住の○○さんに売買されています。但し、今登記情報を取得すると国有
になっているはずです。

⑤借賃 年1944万8183円
突然の中国の上陸を恐れてか、それとも国内の右翼団体の占拠を防止する目的か、国
は平成14年から島の所有者○○さんから借地契約をしていて、上記の地代を払ってい
ます。尖閣列島は8っつの島々を数えますので地代の総額は年3000万くらいには
なるのかな?
地代は何を基準に計算したのでしょうか? 授業をしていた当時、懇意にしている不
動産鑑定士さんに聞いてみましたが、「役人がもっともらしい理屈で算出したんやろ
う」とのことでした。